多自然川づくり
1)はじめに
1990年に多自然型川づくりの通達が出され、早20年以上経過したことになる。多自然型川づくりが始まるまでの川づくりを続けて行けば、日本の川の自然環境は損なわれ、日本に美しい川は無くなってしまうとういう危機感から多自然型川づくりは始まった。その後、全国で様々な努力が行われてきたが、その歩みが遅いことを心配して、2005年には多自然川づくりと名称を変え、技術的な検討が進められてきた。2008年に中小河川の技術基準が制定され、やっと治水と環境が一体化した河道計画論が出来上がった。
私は、多自然川づくり研究会の座長として、この基準の基本的な考え方を提示し、基準になるまでをサポートしてきた。技術基準を制定する過程で、多くの都県の方にお世話になり、技術基準のベースとなる事例を災害普及時に導入してきた。その経験と議論を通して2008年の技術基準、2010年の技術基準の改定、ポイントブックⅢは作成されている。
2008年に制定された中小河川の技術基準は、河道計画自体に環境への配慮が含まれた、治水・環境統合型の技術となっている。これからの川づくりの基本は治水機能を十分満たし、かつ自然環境や景観・文化などの機能も十分に持った川づくりである。そのための、基本的な考え方を示したのが中小河川の技術基準である。
ポイントブックⅢは、治水環境統合型技術のテキストとして、体系化され、まとめられている。しかしながら、この基準類はあくまで中小河川の中流部が対象で、河口部、渓流部、築堤河川においては、十分に技術が確立したとは言い難い。
多自然川づくりは、従来の技術に比べると計画に労力はかかるのであるが、コストは一般に低減する。しかも圧倒的にいい川が出来上がる。従来の定規断面による治水機能だけを満足した川づくりは、設計や計画は容易であるが、環境面の機能は発揮されず、十分な便益が上がっていないと考えることができる、必要な機能の半分しか満たしていない川づくりと言える。多自然川づくりは、それぞれの川の個性を読み取り、技術者あるいは地域の川に関係のある人々の思いを込めることができる川づくりである。たくさんの生き物が生息し、季節変化があり、笑顔があふれる人が集う川づくりに携わることは、喜びである。本当に多自然川づくりは楽しいのである。
ポイントブックⅢを読んでいただければ川づくりの要点は理解していただけると思う。もしも、なにかわからないこと、困ったことがあれば、リバーフロント整備センターに多自然川づくりサポートセンターがあるので、相談していただきたい、それでもわからないときには私に連絡してください。
ここでは、わたくしの経験を踏まえ、最近、気になっている多自然川づくりのポイントをについて記したい。
2. 心がまえ
多自然型川づくりの思想は、建設省在職中に亡くなった関正和さんの「大地の川」に詳しいので、まだ読んでない方は是非読んでもらいたいと思う。当時、関正和さんはリバーフロント整備センターに出向されており、色々なところで多自然型川づくりについて講演されていた。私も何度か、関さんの講演を聞かせていただいたことがあるが、美しい日本の川の映像を用いながら、夢と情熱を語る姿は今でも忘れられない。素晴らしい講演で、大変感動したのを覚えている。「われわれ人間は、招かれた客としてこの自然を訪れている。したがって、人間の都合で、勝手気ままに自然を改変してはならない。自然の改変は必要最小限にとどめ、改変する場合にも別の形で自然を復元し、あるいは創出する努力をすべきである。それが人間と自然との調和ある共存を可能とするのだから。」「川に曖昧模糊とした風景を」「このまま、これまでの川づくりを続けていたら日本の美しい川はなくなってしまう。」「川には色々な神様が住んでいるので、それぞれの神様に敬意を表した川づくりをしなければならない(これは個々の生き物、個々の環境要素に留意しなさいという比喩)」と熱く川づくりに対する危機感を語っていた。この話を聞いて、技術者は高い志をもち、自分自身の理想とする川の姿を持たなければならないことを、教わったのである。
川づくりにあたっては、とにかくいい川づくりをしたいという技術者、住民の熱い思いが重要である。その思いに基づいて川づくりが行われることが重要である。最初に工法や計画論などの知識があるのではなく、この場所は残したい、この場所は改良したい、そのような川に対する思い入れから、川づくりに入っていくことが重要である。技術思想があってはじめて、技術が使いこなせるということである。
ここ10年の間に、岩手県の元町川、埼玉県の黒目川、北九州市の板櫃川や福岡県の樋井川、宮崎県高千穂町の山附川、鹿児島県の川内川などで、素晴らしい多自然川づくりに関わらせていただいた。これは、担当者の方、地域の方のいい川を後世に伝えたいという強い思いによって実現できたものである。関係者の方々の努力に本当に頭が下がります。
3.基本的な考え方 ---治水との関係
この技術基準の最大の特徴は河川を改修する時に流速が現況より速くならないようにすることを求めたことである。改修により以前の川より流速を早くしないというきわめてシンプルな原則に基づいた考え方である。明治以降の洪水はなるべく早く下流に流すという考え方を根本的に改定した。このような考え方については、基準制定以前にも様々なところで議論されてきたが、それを基準という形で明確に定めたことは、歴史的な意義がある。
また、掘り込み河川では余裕高をなくすこと、一様ではない川幅、蛇行の存置を求めている。これらの手法は洪水をゆっくりと流すことにつながり、結果として下流への水の集中を防ぐという大きな治水目的を持っている。治水手法の大きな転換がこの基準によってなされたという認識は重要である。
環境に関しては、河川が自分の力で地形を作るという、私たちが重要視する川づくりの基本原則がこの基準によりある程度保障され、川の風景が再生される可能性が期待できるようになった。流速を早くしないためには、河道は直線的でないほうが良く、河川の中の大きな岩を取り除くと流速は増大するため大きな岩をその場所に存置することが必要であり、河道内の植生をすべて取り除くと流速が増大してしまう。川幅も、場所によって異なるほうが望ましい。このような河川改修手法は、美しい日本の河川を維持することにとっても有効であると考えている。治水と環境の一体的設計が川づくりの基本であるが、この基準により示された意義は大きい。
川幅が十分に確保されるようになると川は変化するようになる。砂州の位置や大きさ、植物の種類は生育する場所も年によって異なるであろう。大きな洪水があれば河道の中の植物は一掃され裸地が広がる。このように川の風景は季節的あるいは年によって変化する性質を持っているのである。したがって河川設計を行う際には、ある程度の河道内の微地形の変化を許容する精神が重要となる。これが、河川設計の醍醐味でもあり難しさである。したがって、河川の景観設計で一番面白いのは流水部のデザインであり、陸の部分だけを設計している段階では、本当の河川風景デザインとはいえないと考えている。公園などの自然を対象としたデザインには、自然の力により変化するという点で、似た面があるが、河川の様に大きく浸食され、破壊されることはあまりないと思う。この大きな変動をどう見込み、どう許容するのかが腕の見せ所である。
4.川づくりのポイント
4.1 川づくりについて
川づくりという言葉に違和感を覚える人もいると思う。なぜならば、河川は自然のものであって、人が川を作るというのは、驕った考え方なのではないかという指摘も当然であるからである。しかし私は川づくりという言葉はそれほどおかしくないと思っている。その理由は2つある。
一つは、川づくりという言葉は、まちづくりから派生した言葉であり、色々な人が協力して行う河川整備を指しているからである。多自然川づくりを行う際には、土木技術者だけではなく、生き物の専門家や景観の専門家、地域の住民の方などとの協働で行うことが求められる総合的な川づくりである。
もう一つは、川はもともと自然のものであるが、日本の人が住んでいる場所では、人の手が入っていない川はなく、現在の川は自然と人の両者の影響を受けて成立していると考えることができる。そのため、河川整備する際には、人は河川の骨格を決め、あとは自然が川を形作るという姿勢が重要である。線形、川幅や横断形状、洪水に対する防護に関しては、人が責任を持って決定する必要がある。その範囲で、川がなるべく自由な振る舞いができ且つ治水上の破たんが無いようにすることが重要である。
4.2 河川工事後、どのぐらいの時間で生物は戻ってくるか?
河川工事後、生き物はどれぐらいの時間で戻ってくるのであろうか?これを直接的に答えるのはとても難しい。それは河川工事後の河川環境の状況が良好か、生物を供給する場所が近傍にあるか、それらの場所から移動が可能であるかなどが関係するからである。
しかしながら、私の経験から言えば、いい環境が再現されれば魚類や水生昆虫類はかなりすみやかに戻ってくる。岐阜の木曽川の自然共生研究センターに実験河川を掘削して作った時、魚が移動し、実験河川にすみつくかどうか大変心配した。しかし、通水と同時にたくさんの魚が遡上し、生息を開始した。魚が移動してきたときには胸をなでおろしたものである。また、私が事務所の所長をしていた時に携わった松浦川のアザメの瀬自然再生事業においても同じような経験をした。アザメの瀬は水田を切り下げ、洪水の時に松浦川からバックウォーター型で水が流入する湿地を再生した。通水を開始してすぐに魚類が遡上したのは言うまでもないが、その年の出水時にはナマズやフナが大挙して訪れ産卵した。その後の人工産卵紐を用いた現地調査では、水際の単位長さ当たりの産卵量は、アザメの瀬が本流の50倍と大きな値を示している。また、大きな2枚貝も定着したし、洪水の時に100種類以上の植物の種が流れてくる。しかも現在、ミズカマキリ、トンボ類の一大生息地となっている、特にコオイムシは北部九州一の生息場となっている。環境さえ整えば、生物は工事後、比較的速やかに帰ってくると考えている。
4.3 自然環境を保全する際、自然の微地形や自然の変動を大切にするのはなぜか?
生物の多様性は環境の多様性に依存しており、環境の多様性は微地形やその場の変動や撹乱の程度と関係があると考えられている。すなわち、微地形やその場の変動の仕組みに対応して生物が進化していると考えられるのである。したがって、ある微地形や変動が失われてしまえば、それを生息場とする生物はいなくなってしまう。たとえば、カワジシャやタコノアシは洪水が起きた直後によく見られる植物で、洪水の撹乱に適応している。洪水のかく乱がない時期が続くと、見られなくなってしまう。したがって、川の流量が安定したり、新たに土砂が堆積する場所がなくなるとこれらの生物が見られる場所は少なくなってしまう。
すなわち河川の微地形や変動は河川に生息する生物の種の分化を支えてきたので、微地形や変動がなくなってしまうとそこに適応した種は生息できなくなる。だから、河川の微地形や変動を保全・再生することが重要なのである。
4.4 生息場と避難場
これまでの様々な研究で、景観的に見た環境区分(瀬、淵、とろ、よどみなど)と生物の生息状況は強く関係していることが明らかになっている。したがって、特に絶滅が危惧されている生物を除いては、環境区分が失われないような工夫、すなわち河川の瀬や淵などの景観要素が保全されれば、生物はある程度、保全できることになる。これらの環境要素が流水と土砂と植物の相互作用によって、自立的にできるような工夫、さまざまな河川の微地形ができるような工夫が必要である。一般的には川幅が十分広く、川幅の狭いところや広いところがあり、川が蛇行していれば、様々な微地形が自然の営力により形成される。したがって、川幅が十分に確保できない、川幅が一様である、河道が直線的であるような場合には、何らかの措置が必要となる。特に、洪水の時には生き物も流されるので、洪水の時に流れが遅くなる避難場ができるように工夫することは重要である。
4.5 変形を許容する。
環境に配慮した川づくりを行うときの、もっとも重要な点が変形を許容するということかもしれない。工学的な技術は作った時の形が変形しないことを、一般的には前提としている。しかし川づくりの場合は水の流れや植物の作用によって、河道微地形や河岸は変化するのが一般的である。
2010年に改定された中小河川の技術基準では河岸と護岸が明瞭に区別された。護岸は浸食を防止する構造物であり、河岸は河川の陸域と水域の境界の部分であって環境的な機能を持つものとした。したがって河岸は土砂で形成されていることが基本であり、変形を前提とするのである。
標津川の蛇行再生や川内川の激特事業を見ると、護岸で固めない河岸は竣工から数年間は浸食や堆積作用により変形し、2,3年たつと落ち着く傾向にある。しばしば、河岸形状が少しでも変形すると、壊れたとか被災したとか言われるのであるが、そのような認識自体が川づくりでは誤りである。川は変形することこそが川の環境を維持することであり、治水上の安全性が担保されていれば、変形は許容するという考え方が重要である。
4.6 洪水の時の流れを考える
河川の瀬淵などの環境単位は洪水時の水の流れで形成されている。したがって、洪水時の流れがまっすぐの場合には、河道の中で低水路だけを湾曲させてもなかなか、大きな淵などは維持できない。河道の微地形が平均年最大流量やbank-full 流量で決まっていることは非常に当たり前のようであるが、実務にあたっていると、この原理を適用することがなかなか難しい。写真に、いま私たちが関係している河川の写真を示した。平常時には曲がった水の流れにより、瀬淵などが形成されたが、5月の出水により単調な環境へと反化した。洪水の時の流れを見ると、流れはまっすぐであり単調な流れとなっている。その結果、蛇行させた微地形はならされ、かなり単調な環境となっている。この事例からわかることは河道法線自体を曲げるのは難しいが、数年に1度くらいの出水時に流れが蛇行する工夫はできる。洪水の時の流れを十分に考えなければならない。
4.7 川沿いに樹を
川沿いにはぜひ樹木を植えたい。現在河川改修を行うと、川沿いや河岸の樹木は切られることが多く、明るい川となっていることが多い。
河畔の樹木は、光のコントロール、良好な景観の形成、木陰の提供、昆虫や鳥類の住処の提供、水中の魚類などへの落下昆虫の供給、河岸の強化など様々な機能を持っている。これらの機能を発揮するために、その場所にふさわしい樹木を植えてほしい。
河川沿いの樹木は光を遮るため、植生の繁茂を抑えることにもっと注目してよい。河道沿いに樹木があると、光が制限されるため河道内の植生は抑制され、維持管理も軽減される。ヨシなどが河道全面を覆っている河川を時々見るが、流下能力にも影響を及ぼしている可能性がある。治水面からみても、河畔沿いに樹木を植えることは重要である。川幅が広いところで流れが洪水時早くならないとこには樹木を植えることが現在の植樹基準においても可能である。それについても、ぜひ検討して欲しい
おわりに
多自然川づくりが始まって20年が経過したとはいえ、まだ技術的に残された課題も多い。渓流部においても、いくつか事例が出始めているため、今後、技術化が進むものと思われる。また、植樹に関しては、植樹基準を設定してからずいぶん時間もたち、その後知見も増えているので、改定することが望ましいのではないかと考えている。河川改修に携わるチャンスに恵まれた人は、ぜひ多自然川づくりに挑戦してほしい。